人に注意されたら、それを喜べなきゃ成長には繋がらない。

もう四十うん歳になると、誰かに叱られたり、注意されるということがありません。注意をしてくれ、私のことを思ってくれるのは、親や主人だけかなという感じです。ところが先日、職場で「敬語の使い方がおかしい」と注意を受けました。

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注意をしてくれたのは、私よりひとまわり以上も年下の子。その時「こんな小娘にっ!」と一瞬イラっとなりましたが、あらためて言われると、やっぱりおかしい言葉と自分でもわかりました。笑。

それがこちら→『よろしかったでしょうか?』

注意をしてくれた子に言わせると、私が発する「よろしいですか?」「よろしいでしょうか?」の間にごく稀に混ざっていたようです。

ネットで早速調べてみると「よろしかったですか(でしょうか)」は、間違ってはいないという少数派の意見はありましたが、やはりおかしな言葉ということです。

間違えをあらためてくれたのに、逆ギレしちゃって恥ずかしいですね。反省。

長年同じ仕事をして使っていたであろうおかしな敬語を、今まで誰も指摘してくれなかったほうがよっぽど腹ただしく思えてきました。(自分が悪いのに。笑)

指摘してくれた子に(あ、立派な大人の女性です。^^)に感謝です。

そして、この歳になっても知らないことがあるんだなと思いました。ということは、まだまだ成長できるということです。せっかくの忠告を中途半端に聞いていたら、自分で自分の成長を止めてしまいます。

そうならないために、子供のような素直な気持ちでいたいと思った出来事でした。

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